大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)470号 判決

控訴人(付帯被控訴人)

日産プリンス福井販売株式会社

ほか一名

被控訴人(付帯控訴人)

鍋島三郎

ほか二名

主文

被控訴人鍋島文恵に対する本件各控訴を棄却する。

原判決中被控訴人鍋島三郎、同鍋島匡子関係部分をつぎのとおり変更する。

控訴人両名は、被控訴人鍋島三郎に対し、各自金四〇万六、〇八四円および内金三一万一、一七五円に対する昭和四〇年一〇月八日から、内金九万二、〇六八円に対する同四一年一二月一〇日から、内金二、二五九円に対する昭和四二年九月一四日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人両名は、被控訴人鍋島匡子に対し、各自金一三万二、四八〇円および内金九万円に対する昭和四〇年一〇月八日から、内金四万二、四八〇円に対する同四一年一二月一〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人鍋島三郎、同鍋島匡子のその余の請求を棄却する。

被控訴人鍋島文恵の付帯控訴に基づき、控訴人両名は、被控訴人鍋島文恵に対し、原判決で支払を命ぜられた金員のほか、各自金四〇万円およびこれに対する昭和四二年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人鍋島三郎の本件付帯控訴を棄却する。

訴訟費用(付帯控訴費用を含む。)は、第一、二審とも控訴人両名の連帯負担とする。

この判決は、金員の支払を命ずる部分にかぎり、かりに執行することができる。

事実

控訴人ら代理人は、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す、被控訴人らの請求を棄却する、訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする、との判決ならびに本件各付帯控訴を棄却する、との判決を、被控訴人ら代理人は、本件各控訴を棄却する、控訴費用は控訴人らの負担とするとの判決ならびに被控訴人鍋島文恵代理人は、付帯控訴として、当審において請求を拡張し、主文六項同旨の判決を、被控訴人鍋島三郎代理人は、付帯控訴として、当審において請求を拡張し、控訴人らは、原判決で認容された金員のほか、控訴人両名は、各自金二、二五九円およびこれに対する昭和四二年九月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、控訴人ら代理人において、「自動車運転車が、運転をしながら前方に注意を集中する場合、その動態視野は速度が高まるに比例して狭くなり、一二度ないし一六度に狭められる(静止状態の視野二〇度)、また、視力も動態においては著しく低下し、静止視力一・二五の者が時速三〇キロメートルで走行する場合には、平均動態視力は〇・五四に低下する。そして控訴人園倉の進行方向は上り勾配をなしており、勾配の頂点に注意しながら運転しなければならないので、左右の視野は勾配の程度に応じ死角に入るため、本件においては、控訴人園倉は、被害者である被控訴人文恵を四・五メートルの至近距離に至らないと発見することができないから、本件事故の回避は不可能であつた。かりに、控訴人園倉が左斜前方一二メートル以上の地点に被害者である被控訴人文恵を発見することができたと仮定しても、ただちに右にハンドルを切りつつ急ブレーキをかけた場合には、却つて控訴人園倉の乗用車の後尾を被害者である被控訴人文恵に激突させるか、またはれき殺させる結果を生じ、またブレーキを一杯に踏みながらハンドルを右に切ることは一般人の運動能力および自動車の機能からいつてもほとんど不可能に近い。さらに時速三五キロメートルの自動車において急ブレーキを踏んでも一〇メートル以上空走し、数メートルスリツプするから、小走りで控訴人園倉の乗用車に接近していた被害者文恵との本件接触事故は、回避不能であつた。」と述べ、被控訴人文恵の代理人において、「被控訴人鍋島文恵は、右頭頂部頭蓋欠損のため、再度頭蓋成形手術を実施する必要があるかどうか現在なお外来で経過観察中である。従つて被控訴人文恵は当審において請求を拡張して慰謝料として合計金九〇万円を請求する(同人の慰謝料としては金一〇〇万円が相当であるが同人側の過失を考慮して金九〇万円とする。)が、原審において内金五〇万円が認容されているので残額金四〇万円および付帯控訴状送達の翌日である昭和四二年九月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、被控訴人鍋島三郎の代理人は、「昭和四二年三月二八日から同年九月五日までの間、被控訴人文恵の診療費として、原判決認容の金額のほか、合計金二、五一〇円を支出したから、当審において請求を拡張し、被控訴人らの過失を考慮して、右の九〇%に相当する金二、二五九円とこれに対する付帯控訴状送達の翌日である昭和四二年九月一四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、被控訴人ら代理人において、あらたに甲第四三号証ないし第五一号証を提出し、当審における被控訴人鍋島三郎本人の供述を援用し、後記乙号各証の成立を認め、控訴人ら代理人は、あらたに乙第四号証の一ないし一四を提出し、当審証人山口俊雄の証言および当審における控訴人園倉乗彦本人の供述ならびに当審における検証の結果を援用し、前記甲号各証の成立を認めたほかは、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

理由

一、昭和三九年二月八日午後二時三〇分ごろ、控訴人園倉が普通乗用車(臨時運行番号福井一四五九号)を運転し、福井市郊外である福井県吉田郡松岡町葵二丁目県道(コンクリート舗装)上を、時速約三五キロメートルで東進中、進行方向左側の歩道に隣接して、自車と同一方向に停車していた乗用自動車(ヒルマン、ミンクス)の前方から、自車の進行方向を左から右に横断しようとして走り出た被控訴人文恵(昭和三四年一一月三日生、当時四才三ケ月)に接触させて転倒させたこと、被控訴人三郎が同女の父、被控訴人匡子が同女の母であることは、当事者間に争いがない。

二、本件事故の態様と控訴人園倉の過失

〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場の状況は、原判決添付図面に示すとおりであつて、当時被控訴人文恵は、事故車の進行方向左側にある戸田染工店で、職人の丹羽功から小遣銭をもらい、同店の斜左筋向いの菓子店で菓子を買い求めようとして、前記図面のイ点すなわち停車中のヒルマンミンクスの前方約三・三メートルの地点から車道上の×点へ向けて走り出し、×点に到着したとき、控訴人園倉運転の自動車前側部にその右頭頂部を接触させ、前記図面中「血痕」と表示してある部分に転倒したことが認められる。

〔証拠略〕中には、被控訴人文恵が車道上に走り出た地点として、前記認定と異なる地点を指示する部分があるが、いずれも信用することができない。

ところで、控訴人園倉が当時本件車道の中央部付近を時速三五キロメートルで進行していたことは当事者間に争いがなく、同控訴人はこの速力で前記のように進行方向左側に路上駐車していたヒルマンミンクス車に接近してきたものである。そして福井市郊外のように交通事情のもとでは路上の駐車のかげから子供などが飛び出してくることはありがちのことであるから、同控訴人としては、右ヒルマンミンクス車に近づくときは、死角になつている車のかげから人が出てくるかもしれないことを予想し、その場合には接触を避けることができるように、右ヒルマンミンクス車の右側方を通過する以前に、あらかじめ警音機を鳴らして注意を喚起したり臨機の措置がとれるよう減速徐行しておくなど、万全の注意をしなければならない義務があつたものというべきである。控訴人園倉がこれらの義務をつくしたことを認めるに足る証拠はなく、かえつて本項冒頭掲記の各証拠によると、時速約三五キロメートルを維持しながら、格別の注意を払うことなく前記ヒルマンミンクス車の右側方を通過しようとして、右側方に達したころ、はじめて被控訴人文恵が自車の進行方向を横断するのに気付き、あわててブレーキを踏んだが及ばず、本件事故が発生したことが認められる。

そして前記のように事前に警音機を鳴らしておれば、四才三月にすぎない幼児である被控訴人文恵といえども、控訴人園倉の進路をあえて横断することを差し控えたものと考えられるし、また、右ヒルマンミンクス車を発見したときから減速徐行をしておれば、もつと手前で被害者文恵が車道上に走り出たことを確認することができたし、急制動その他臨機の措置をとることによつて、本件事故を回避することができたものと考えられる。

被控訴人らは、控訴人園倉において眼鏡着用の義務があつたのに、これを怠つていたため、被害者の発見がおくれたと主張し、〔証拠略〕によると、当時眼鏡使用が命ぜられていたが、その視力は眼鏡使用を必要としない程度のものであり、昭和四一年八月二〇日には、眼鏡使用の条件が解除されていることが認められるから、被控訴人らの右主張は採用することができない。

控訴人らは動態における視野、視力の減退、上り勾配における死角の増大を強調するが、原審および当審における検証の結果によると、本件進行方向はかすかに上り勾配をなしていることが認められるが、特に考慮に入れなければならない程度のものとは認められない。また動態における視野、視力の低下することは控訴人らの主張するとおりであり、本件のごとく進行方向左側に乗用車が停止していて、死角を生ずる場合には、それ故にこそ減速徐行が要求されるものというべきである。

控訴人らは、ブレーキを一杯に踏んでも空走距離が大であるから、本件事故を回避することができなかつた旨主張するが、右の主張は、控訴人園倉が時速約三五キロメートルを維持することを前提としての議論であり、すでに述べたように、本件にあつては控訴人園倉は事前に減速徐行すべきであり、右主張はその前提を欠くから採用できない。

結局本件事故は、控訴人園倉において警音機の吹鳴、減速徐行その他万全の注意をすべきことを怠つた過失により発生したものというべきである。

しかし他面、本件のような車道を横断する歩行者としては、事前に車道上における交通の安全を確認した上で横断すべきであるが、当時四才三ケ月に過ぎない幼児である被控訴人文恵に右の注意を期待することは困難であるけれども、被控訴人文恵の監護者である被控訴人三郎同匡子としては、被控訴人文恵に対し、平素から単独で車道上に出ることを禁止し、車道上に出る場合には、必ず監護者またはこれに代り得べき年長者と同伴してなすようしつけておくべきであつたのにそのようなしつけが不十分であつたために、被控訴人文恵が左右の安全を確認することなく、単独で車道上に走り出したことが本件事故の一因をなしているということができるから、親権者である被控訴人三郎同匡子の被控訴人文恵に対する監督上の過失も賠償額算定にあたりしんしやくすべきである。

三、つぎに控訴人園倉の乗用車が控訴会社の所有に属し、同人が控訴会社の従業員であつて、当時控訴会社の業務のために運転していたことは当事者間に争いがないから、控訴会社は、自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者として控訴人園倉と連帯して、本事故による損害を賠償すべき義務があるものというべきである。

四、被害者である被控訴人文恵の受傷と回復状況

〔証拠略〕を総合すると被控訴人鍋島文恵は、前記接触転倒の事故により、頭蓋骨骨折、頭部挫創、口腔粘膜切創、右腓骨骨幹骨折の傷害を受け、昭和二九年二月二二日までは松岡町所在の鈴木医院に入院し、国立金沢大学付属病院、国立大阪大学付属病院で診療を続け、同四〇年六月二三日から同年七月一七日まで大阪赤十字病院に入院し、右傷害による右頭頂部頭蓋陥没骨折、頭蓋欠損につき腸骨より骨片を採取して、頭蓋成形手術を実施したが、退院後手術創に難治創を生じ同四一年一月一五日同病院に再入院し、腐骨除去手術を実施し、手術創は一次性治癒を見て、同月二九日退院し、以後同病院において外来により経過観察中で現在の病病名は頭蓋欠損であつてその大きさはおよそ5cm×2cmであり、脳波所見は同四〇年八月以降正常に戻つているが、成形手術によらないで欠損部分に骨が自然発生して欠損部分を蓋うことは期待し難いこと、欠損部分の毛髪の発生は少く、皮膚面はぽこぽこ動く状態であり、平素は患部をほうたいで保護しなくてもよい程度に回復しているが、体操などの際には帽子にガーゼを厚く当てて被るなど、今後も前記患部に衝撃が加わらないよう、格別の配慮を必要とすることが認められる。

五、被控訴人らの損害

(一)被控訴人文恵

同女の前記認定の受傷部位、程度、回復状況、を考慮し、同女の精神的損害は金一〇〇万円を相当と認める。

(二)被控訴人三郎の損害

(1)昭和四〇年八月末日まで合計金四一万三、〇六三円

(イ)文恵のための療養費

〔証拠略〕を総合すると被控訴人が文恵の療養費等として金一六万九、二六三円を支出したこと

(ロ)〔証拠略〕によると、同人は、本件事故当時戸田染工店で働き平均日給一、七〇〇円を得ていたが、文恵の治療のために一四日間休業を余儀なくされて合計金二万三、八〇〇円の得べかりし利益をうしなつたこと。

をそれぞれ認めることができる。

(ハ)精神的損害

文恵の受傷部位が、右頭頂部にあり、しかも現在なお完治するに至らず、同女の将来について、教育上および社会生活上通常人と異なる配慮を要し、さらに普通の健康な女子と同様な幸福な結婚を期待することができるかどうかについて、親として深甚な不安を感ぜざるを得ない状況にあることを考慮すると、その精神的苦痛は、同女の死亡した場合の苦痛に劣らないというべきであるから、同女の父として慰謝料請求を認むべきであり、その額は、金一〇万円を相当と認める。

(ニ)〔証拠略〕によると、同被控訴人は弁護士に対する着手金として金一二万円を支払つたことが認められ(同供述中「一〇万円ぐらい」とあるのは、訴状の記載に徴し「一二万円」のことと認められる)右金額は本件に即し相当である。

(2)昭和四〇年九月から同四一年七月末までの損害合計金一〇万二、二九八円

(イ)〔証拠略〕によると同人が文恵の療養費として合計六万四、二九八円を支出したこと

(ロ)〔証拠略〕を総合すると、被控訴人らは文恵の治療のため福井県から東大阪市(旧布施市)に転居し吉田敏雄方で袋物加工をし、日給一、九〇〇円の約束であつたが、文恵の入院および通院付添のため二〇間仕事を休むことを余儀なくされ金三万八、〇〇〇円の得べかりし利益を失つたことを認めることができる。

(3)〔証拠略〕によると被控訴人三郎が文恵の診療費として合計二五一〇円を支出したことを認めることができる。

(三)被控訴人匡子の損害

(1)昭和四〇年八月末日までの精神的損害は被控訴人三郎と同様の理由により金一〇万円を相当と認める。また同女は事故当時都合のよい時戸田染工店で働いていたが、定収入があつたとも認められず休業日数も明らかではないので休業による逸失利益の算定をすることができない。

(2)昭和四〇年九月から同四一年七月末日までの逸失利益四万七、二〇〇円原審証人吉田敏夫の証言によると、同女は大阪府に転居し、吉田敏男方で袋物加工に従事し、日給八〇〇円の約束であつたが、文恵の入院および通院付添のため五九日間休業を余儀なくされ、その間金四万七千、二〇〇円の得べかりし利益を失つたことを認めることができる。

六、賠償額

本件事故については前記のように被控訴人文恵の両親に監督上の過失があるので被控訴人らの賠償額は、前記損害額から一〇%を控除した額にとどめるのを相当と考える。右によつて計算すれば、

(一)被控訴人文恵に対し金九〇万円

(二)被控訴人三郎に対し、金三七万一、一七五円と昭和四〇年一〇月八日からの遅延損害金

金九万二、〇六八円に対する同四一年一二月一〇日からの遅延損害金

金二、二五九円に対する同四二年九月一四日からの遅延損害金なお控訴人らから金六万円を受領したことは当事者間に争いがなく前記金三七万一、一七五円の一部に充当されたと認められるので右金額は金三一万一、一七五円に減額され、合計金額は金四〇万六、〇八四円となる。

(三)被控訴人匡子に対し、金九万円および昭和四〇年一〇月八日から金四万二、四八〇円に対する同四一年一二月一〇日からの遅延損害金合計金一三万二、四八〇円となる。

結局被控訴人文恵の請求は、全額これを認容し、被控訴人三郎、同匡子の請求は右の限度で認容すべきであるが、その余の請求は失当であるから、これを棄却する。

七、結論

被控訴人文恵の認容すべき金額中金五〇万を認容した原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、同人の付帯控訴に基づいて、残額金四〇万円およびこれに対する付帯控訴状送達の翌日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の請求を認容する。

原判決中被控訴人三郎同匡子関係部分は一部不当であるから主文第三項ないし第五項のとおり変更し、被控訴人三郎の本件付帯控訴を棄却し、民事訴訟法八九条、九二条、九三条、九六条、一九六条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 井関照夫 藪田康雄 賀集唱)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例